決議・声明
「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」に基づく法改正に反対する会長声明
法務大臣の私的懇談会である出入国管理政策懇談会の下に設置された収容・送還に関する専門部会(以下,「本専門部会」という。)は,2020(令和2)年6月に「送還忌避・長期収容問題の解決に向けた提言」(以下,「本提言」という。)を公表し,同年7月14日,法務大臣に提出した。現在,出入国在留管理庁において,本提言の内容を踏まえた出入国管理及び難民認定法(以下,「入管法」という。)の改正が検討されており,近々国会に法案が提出される予定とのことである。
収容・送還に関する専門部会は,無期限長期収容と過酷な処遇環境に耐えかねた 多数の被収容者が全国で命がけのハンガーストライキを行い,2019(令和元)年6月には大村入国管理センターで餓死者が出るという事件が起きたため,収容の長期化や処遇上の問題等を解決する目的で設置された。
しかしながら,本提言は下記のような多くの問題点を含むものであり,収容を前提とした従来の方針を変更するものではない。
期限を定めない収容は国際法上許されない恣意的拘禁と評価され,日本の無期限長期収容制度が国際法に違反していることは明らかである。2020(令和2)年8月には,国連人権理事会の恣意的拘禁国連部会が,日本の無期限長期収容は,恣意的な拘禁を禁止した国際人権法違反であるとの意見を採択し ,政府に制度の見直しを求めたばかりである。入管法改正にあたっては,被収容者の無期限長期収容を改め,収容に関する司法審査を導入し,収容期間の上限を設ける等の抜本的な見直しが必要である。
当会は,本提言のうち,①退去強制令書の発付を受けた者が本邦から退去しない行為に対する罰則の創設②難民申請者の送還停止効に対する例外の創設③仮放免された者による逃亡等の行為に対する罰則の創設については,以下の理由により,強く反対する。
1 本提言は,退去強制令書の発付を受けた者の送還を促進させるための措置として,本邦から退去しない行為に対する罰則の創設について検討するよう求めている。
しかしながら,退去強制令書の発付を受けた者の中には,日本で育ち,日本に家族を有している者や,本国に帰国した場合,迫害を受けるおそれがあるため,日本を退去しない,あるいは退去できない者が相当数存在している。罰則の導入にあたっては,退去しない又はできない原因や理由などの立法事実を検討すべきであるが,本提言は,このような原因や理由といった立法事実を十分に検討していない。そのため,日本に在留せざるをえない被収容者に対して罰則を導入しても,刑事施設と入管施設を行き来する状況を作り出すに過ぎず,実効性が乏しい。
また, 平成28年から平成30年までの間に終了した出入国在留管理訴訟(退去強制手続関係取消請求・無効確認,難民認定手続関係取消請求・無効確認等)のうち,国の敗訴が確定した判決は合計26件も存在して おり,退去強制令書の発付に対し司法手続を通じて在留が認められる人々も一定数存在する。したがって,司法判断を受けていない当事者に対して罰則をもって帰国を強制することは,憲法や自由権規約で認められた裁判を受ける権利を侵害するおそれがある。
加えて,退去強制令書の発付を受けた者が本邦から退去しない行為に対して罰則を創設すれば,上記の司法手続を代理し,または準備している弁護士,食糧を提供し,または賃貸借で部屋を提供するなどした支援者,家族などが共犯とされたり,捜査機関による任意捜査や強制捜査(逮捕,捜索・差押等)の対象になるなどの可能性を否定できず,弁護士等の活動を委縮させるおそれがある。このような事態は,到底容認できるものではない。
2 本提言は,難民認定審査手続中には強制送還されないという送還禁止項(入管法第61条の2の6第3項)について,送還促進措置として,複数回申請の難民申請者に対して,一定の例外を設けることを検討するよう求めている。
しかしながら,日本の難民認定率は0.5パーセント未満と先進国の中でも極めて低く,本来難民として保護されるべき人々が保護されていない状況である。また,日本において難民認定を受けた人々の中には,2度目以降の難民認定申請で,行政手続又は裁判を経て,ようやく難民としての地位を得た者や人道的配慮から在留特別許可を受けた者が相当数存在している。
難民認定制度が適正に機能しているとはいえない現状の下で,複数回申請の難民申請者の送還禁止項に例外を設けることは,難民を,迫害を受ける領域に送還してはならないとするノン・ルフールマンの原則(難民条約第33条第1項)に反するものであり,決して許されるものではない。
3 本提言は,仮放免された者が逃亡した場合に対する罰則の創設についても検討するよう求めている。
しかしながら,逃亡した仮放免者に対しては,保証金の没収などの措置が既にとられており,新たな罰則を創設する必要性はない。
むしろ,このような罰則の創設は,退去強制令書の発付を受けた者が本邦から退去しない行為に対して罰則を創設する場合と同様に,仮放免許可申請を手助けした弁護士や支援者,家族などが共犯とされたり,捜査機関による任意捜査や強制捜査(逮捕,捜索・差押等)の対象になったりする可能性を否定できない。したがって,仮放免された者が逃亡した場合に対する罰則の創設は,仮放免許可申請の支援を委縮させるおそれがあり,到底許容することはできない。
以上の理由から,当会は無期限収容を前提とした本提言に基づく入管法の改正に強く反対するとともに,被収容者の生命が奪われるという悲劇を二度と繰り返さないために,被収容者の人間としての尊厳が守られるよう,処遇改善を強く求めるものである。
2020(令和2)年10月29日
鹿児島県弁護士会
会長 新 倉 哲 朗