決議・声明

消費者保護を置き去りにした特定商取引法及び預託法上の書面交付の電子化に反対する会長声明

2021.03.10

1 令和2年11月9日、規制改革推進会議第3回成長戦略ワーキング・グループは、オンライン英会話コーチの取引を例に、書面の郵送交付の義務によりオンラインで取引が完結しないことにつき問題意識を示し、特定商取引法における特定継続的役務提供について概要書面及び契約書面の電子交付を可能とすべき旨の提案をなした。

消費者庁はこれに対し当初、デジタル化を促進する方向で適切に検討を進める旨の回答であったが、令和3年1月14日、内閣府消費者委員会本会議において、特定商取引法における特定継続的役務提供取引にとどまらず、「訪問販売等の特定商取引法の各取引類型(通信販売を除く。)及び預託法において、消費者の承諾を得た場合に限り、電磁的方法により交付することを可能にする。」「次期通常国会に提出予定の特定商取引法及び預託法の改正法案で改正を行う予定である。」と表明し、規制改革推進会議の問題提起を超えた取引類型にまで電子化を認める方向性を明らかにした。

しかしながら、かかる書面交付の電子化は、書面交付義務の趣旨に反し、ひいては特定商取引法及び預託法における消費者保護の制度目的を没却するものであるから強く反対する。

2 特定商取引法により規制される各取引類型は、不意打ち的勧誘(訪問販売等)や、利益誘引勧誘(マルチ商法等)など、類型的に消費者において冷静な判断が困難なまま契約締結に至るおそれの強い取引である。書面交付義務は、これらの取引類型について、勧誘時に契約内容の重要事項を記載した概要書面の交付、契約時には内容を正確に記載した契約書面の交付を義務付け、消費者が契約内容を冷静に把握したうえで、契約の締結、維持、解消(クーリングオフなど)について判断することを容易にし、これにより消費者保護機能を果たすものである。商品の預託により財産上の利益の提供を約する契約類型であることから、預託法も同様に書面交付により消費者保護を図っている。

契約書面は契約内容が一覧できることにより、商品名・数量・金額・販売業者名・住所・電話番号等の重要事項の記載事項を容易に確認できること、概要書面は利益誘引勧誘において契約締結前に正確な情報を提供させることにより、消費者が適切に意思決定できるよう契約書面と別に交付されることに重要性があるが、多くの消費者が利便性から契約時に用いるであろうスマートフォンでは、画面に契約条項等を表示したとしても、内容の確認のためには、画面のスクロールや拡大が不可欠であるうえ、どのような事項が記載されているかの予備知識がなければ、必要な契約条項を探し当てることは困難である。特に、連鎖販売取引・特定継続的役務提・業務提供誘引販売取引は特約に重要な記載がなされているところ、画面のスクロールや拡大によって重要な特約の記載を探すことは一層困難である。このように、書面交付の電子化は、消費者に対し契約内容等の確認を困難とする方向にはたらくものである。

また、契約書面の内容として、とくにクーリング・オフの記載は赤字・赤枠・8ポイント以上の活字によると義務付けられているのは、ここまでしなければ消費者保護は果たされないとの立法事実に基づくものである。書面交付の電子化が許容され、スマートフォンの画面で契約条項を表示するとなれば、8ポイント以上の活字の大きさを確保することは極めて困難である。文字を拡大し、スクロールして探さなければ確認できない状態ではクーリング・オフの告知機能は果たされないというほかない。

さらには、書面交付を電子メールによって行う場合、紙の契約書面等を処分する場合に比べ、メールの削除は容易であることから、契約書面等が安易に処分されてしまうおそれがある。電子メールによらない場合においても、スマートフォンの画面を積極的にスクリーンショットで保存したり、添付ファイルを保存したりするなどして、消費者が後日のトラブルを想定し積極的に画面を保存する行動をとらない限り、事後に契約当時の契約内容等を確認することはもはや困難となる。

令和2年版消費者白書によれば、65歳以上の高齢者に関する消費生活相談は依然として高水準で推移しているところ、高齢者の消費者被害は書面の存在に家族や見守り活動者が気づくことで発覚するケースも多く、書面交付の電子化を許容すると、高齢者の被害発見の機会を喪失することになる。また、高齢者は電子機器の利用に不慣れであることも多く、被害が潜在化してしまうことは容易に予想される。

また、同じく令和2年版消費者白書によれば、20歳代を中心にマルチ商法被害が増加している。若年層は、電子機器の利用には慣れているかもしれないが、社会生活上の経験が十分でないことも多く、書面の重要性を理解しないまま安易に書面の電子交付を承諾し、書面交付の電子化による弊害の結果、事後の救済が困難となるなどの事態が懸念される。これは、2022年4月1日の民法の成年年齢引き下げに伴う若年者の消費者被害防止対策が喫緊の課題とされていることに逆行するものである。

消費者庁は、「消費者の承諾を得た場合に限り」と契約書面等の交付の電子化に要件を設けることを表明している。しかし、不意打ち的勧誘や利益誘引勧誘により契約に入ろうとする消費者が、かかる特殊な精神状態の下で、冷静に問題点を認識し、真意に承諾したと言えるかは極めて疑問というほかない。

そもそも、消費者庁の方針は、特定継続的役務提供のうちのオンライン英会話事業のみを挙げる規制改革推進会議の問題提起を超えて、そのほかの取引類型や預託取引を行う事業者や、対面で行う特定継続的役務提供取引事業者から何らの要望もないままに電子化を認めようとするものであり、未だ多数の消費者被害が報告されていることを極めて軽視し、特定商取引法及び預託法が書面交付義務を設けた趣旨を没却するものである。

3 よって、多数の問題点が解消されてないままに、消費者保護という特定商取引法及び預託法の消費者保護目的を放棄しようとする消費者庁の目指す書面の電子化には強く反対する。

以上

2021(令和3)年3月9日

鹿児島県弁護士会

会長 新 倉 哲 朗

 

 

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