決議・声明
国際社会における法の支配を貫徹するために、国際刑事裁判所の独立性・公平性を損なう動きに反対し、法の支配の貫徹を求める会長声明
1 国際刑事裁判所(International Criminal Court。以下「ICC」という。)は、20世紀に入り、二つの世界大戦をはじめとして、想像を絶するほどの残虐な行為が行われ多数の犠牲者が生じたことを受けて、1998年に採択された国際刑事裁判所に関するローマ規程(以下「ICC規程」という)に基づき、「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」(ICC規程前文)である四つの犯罪(core crimes:コア・クライム)、即ち、ジェノサイド(集団殺害)犯罪、人道に対する犯罪、戦争犯罪及び侵略犯罪について、その責任を負うべき個人に対し刑事責任を追及するために設置された常設の国際刑事司法機関(裁判所)であり、その使命は「国際社会全体の関心事である最も重大な犯罪」の被害者の苦難に光を当て、法に則った司法手続を行うことにより、人類全体の平和と安全、そして、人間の尊厳を維持することにある。
2002年7月1日に発効したICC規程の締約国・地域は、2025年現在、125に及ぶが、日本は、2007年にICC規程に加盟して以来、3名の裁判官(現在のICC所長である赤根智子判事を含む。)や職員を輩出しているほか、最大の分担金拠出国となり、また、被害者支援のための信託基金にも多額の負担をするなど、ICCの活動を積極的に支援し、その使命を実現すべく、人材面及び財政面で多岐にわたる貢献を行ってきている。
2 ところが、近年になって、ICCに対し、非協力的な活動や制裁が活発化しており、ICCの活動が重大な危機に直面する事態となっている。
⑴ まず、ロシアによるウクライナ侵攻に関して、ICCは、2023年3月、ロシアのウクライナ侵攻に関する一部の行為について、コア・クライムに該当するとして、ロシアのプーチン大統領らに対する逮捕状を発付した。
これに対し、ロシアは、ICCの検察官や当該逮捕状の発付に関与したICC予備審判部の判事ら(赤根智子現ICC所長は当時ICC予備審判部判事であった。)に対する逮捕状を発付し、指名手配とした。
これを受けて、赤根智子現ICC所長は、「ICCの裁判官一同、これらに屈してはならないという気持ちで、毎日の裁判業務に向かっている。」、「証拠に基づき法律的な手続きで責任を追及していくことが、戦争犯罪の抑止につながる。」などと述べて、ICCに課せられた職務を真摯に遂行することを訴えている。
⑵ 次に、2024年11月、ICCは、パレスチナ自治区ガザにおける武力紛争に関連する一部の行為はコア・クライムに該当するとして、イスラエルのネタニヤフ首相らに対し、戦争犯罪などの疑いで逮捕状を発付した。
これに反発したアメリカのトランプ大統領は、2025年2月6日、ICCの職員らに対するアメリカへの入国禁止処分や資産凍結、ICC関係者との資金授受の禁止等を内容とする大統領令を発した。
このアメリカの措置に対しても、赤根智子現ICC所長は、2025年2月7日、「(アメリカの措置は)ICCの独立性と公平性を損なうもので、深い遺憾の意を表明する。」との声明を発表し、「残虐行為による何百万人もの罪のない被害者から正義と希望を奪う」と指摘した上で、アメリカの措置は「ICC加盟国や法の支配に基づく国際秩序に対する深刻な攻撃」であると非難した。
この赤根智子現ICC所長の声明を受けて、イギリス、ドイツ、フランスなどのICCに加盟する79の国・地域も、アメリカの上記大統領令は「法の支配を脅かす」との共同声明を発出し、「ICCの独立性、公平性および誠実性に対する揺るぎない継続的な支援を再確認する」と述べた上で、「(アメリカの)制裁は、ICCが現地事務所を閉鎖せざるを得なくなる可能性があるため、現在捜査中のすべての事案に深刻な打撃を与える」との指摘をし、「最も深刻な犯罪が免責されるリスクを高め、国際的な法の支配をむしばむ恐れがある」と訴えた。
ところが、日本政府は、ICCの使命を実現すべく、これまで積極的な支援活動を行ってきていたにもかかわらず、この共同声明には加わらなかった。
3⑴ ICCは、世界中の多数の国・地域が加盟するICC規程に基づく国際法上の正統性を有する裁判所であるとともに、個人に対し、独立かつ中立で普遍的な司法権の直接的行使という刑事法上の正統性を有する裁判所である。
ロシアとアメリカはICC規程の非締約国であるが、ロシアやアメリカによる上述のような措置は、ICCに対する不当な圧力であり、ICCの独立・公正な活動を阻害し、国際社会における「法の支配」を脅かしかねないものであって、その様な措置が執られる状況が続けば、国際社会が「力による支配」の時代に逆戻りすることにもつながりかねないものである。
⑵ 日本国憲法は、前文に国際協調主義を掲げており、98条2項では国際法規の遵守を定めている。しかも、令和7年版外交青書は、国際社会における日本の立場・役割について、「国際社会においては、法の支配の下、力による支配を許さず、全ての国が国際法を誠実に遵守しなければならず、力又は威圧による一方的な現状変更の試みは決して認められてはならない。日本は、法の支配の強化を外交政策の柱の一つとして推進し、様々な分野におけるルール作りとその適切な実施に尽力して」おり、日本は「紛争の平和的解決や法秩序の維持を促進するため、国際司法機関の機能強化に人材面・財政面からも積極的に協力しているほか、法制度整備支援や国際法関連の行事の開催など法の支配に関する国際協力にも積極的に取り組んでいる。」と述べている。
日本がアメリカの大統領令を批判する共同声明に加わっていないことは、このような国際社会における法の支配を重視してきた日本の基本的姿勢にそぐわない。
日本政府は、赤根智子現ICC所長の声明や79もの国・地域による共同声明と歩調をあわせ、ICCが不当な圧力にさらされることなく、その独立性を維持して正義を実現できるよう、積極的に取り組むべきである。
4 よって、当会は、日本政府に対し、ICCの独立性及び公平性を損なう活動や制裁に対し、明確に反対する立場を表明することを求めるとともに、ICCが存続の危機に立たされている今こそ、ICCの機能強化のための人的・物的支援のさらなる拡充をすることを求めるものである。
以 上
2025年(令和7年)7月23日
鹿児島県弁護士会
会長 白鳥 努